高校野球ファンの中で、大阪桐蔭の試合前ノックが注目を集めている。高校生離れしたグラブさばき、正確な送球、洗練された連係。そして何よりも、一人一人が楽しそうだ。その雰囲気を生み出しているのが、内野ノックを担当する橋本翔太郎コーチ(36)。大阪桐蔭は28日、第95回記念選抜高校野球大会3回戦で能代松陽(秋田)と対戦。橋本コーチは試合前、いつも通りに楽しそうにノックを打った。
サイレンが鳴ると、橋本コーチはノックバットを片手に元気いっぱいに登場し、リズミカルにノックを打った。最後は見せ場のキャッチャーフライだ。
キャッチャーフライは垂直に打ち上げるため、かなりの技量が必要で、橋本コーチの一発成功率はやや低め。時にはスタンドに打ち上げてしまい、観客に帽子を取って謝罪し、笑いを取ることもある。この日は2度目で成功し、観客席を沸かせた。
初戦となった大会第3日(20日)、敦賀気比(福井)戦での試合前ノックでは、2万人の観衆が見守る中、腕を回して気合を入れてノックバットを振ると、打球は高々と上がった。一発で成功。選手たちはガッツポーズで盛り上がった。橋本コーチはいつものように誰よりも速くダッシュでベンチに引き下がり、選手たちも観客も笑いに包まれた。
動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」には「大阪桐蔭のシートノック中のやり取りが面白すぎる」「現地観戦では必見の大阪桐蔭新名物!?」などと、橋本コーチの試合前ノック動画がたくさんアップロードされている。昨秋の近畿大会や明治神宮大会でも、大阪桐蔭のノックを食い入るように見る観客は多く、高校野球ファンの間ではそのうまさや面白さ、雰囲気の良さなどが相まって、「お金を払ってでも見たいノック」と言われることもある。
橋本コーチは、大阪桐蔭の野球部OB。2004年センバツでは「2番・左翼手」でダルビッシュ有投手(パドレス)と対戦した。二つ上に西岡剛選手(元ロッテなど)、一つ下には辻内崇伸さん(元巨人)、平田良介さん(元中日)らがいて、「レベルの違いを感じた。自分には(プロ野球入りは)無理やな」と感じ、その頃から本格的に指導者を志すようになった。
高校卒業後は日体大に進学。他校のコーチを経て、野球部の寮監を求めていた西谷浩一監督に誘われ、母校のコーチに就任した。
橋本コーチが試合前ノックで内野を担当するようになったのは、20年夏の独自大会からで、今のような笑いがあふれるスタイルは21年の明治神宮大会からという。楽しそうにノックをするようになった理由について、橋本コーチは「時代っすね。厳しいだけではなく、雰囲気を良くするのが今の子に合っている」と言う。さらに、「特に今年のチームはおとなしい選手が多い。前チームの吉沢(昂さん)のような(ムードメーカー的な)やつもいない。自分が元気を出すことで、チームが盛り上がれば」と強調する。
選手らによると、試合前は緊張しながらノックバットを振ってイメージトレーニングを繰り返しているという。エース左腕で主将の前田悠伍投手(3年)は「いつも試合前は隅っこで練習してます」と笑いつつも、「あのノックのおかげでリラックスして試合に臨める」と感謝する。
キャッチャーフライを見事に成功させた20日の試合後、橋本コーチは「本番に強いんで」と豪語していた。試合前ノックで笑顔になって緊張をほぐし、試合へ臨む。これが前回王者の強さの一因かもしれない。【大東祐紀】
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