ラ・リーガ所属『レアル・ソシエダ(ラ・レアル)』との育成業務締結。その経緯と目的は。そして、徳島が向かう未来にどう関係していく話なのか。岡田明彦強化本部長に聞いた。
聞き手/柏原 敏 取材日/11月25日
――今回の締結について聞かせてください
クラブが発展する上で海外クラブとの提携は常日頃から考えていたことです。それは世界に出て行くことであり、アカデミーのメソドロジー(方法論)をどう発展させていくのか。我々に不足しているものを海外の進んだクラブと提携することで高めていくことが必要だと考えていました。そして、私たちだけが受け取るだけでなく、互いに高め合うことが目的です。育成と言えばFCバルセロナやレアル・マドリードなどが有名ですが、コロナ禍前にスペインへ何度か滞在した時、「ラ・レアルが面白い」という話を現地の知り合いから聞き、自分自身興味を持ち始めました。
日本に戻り、ラ・レアルの試合を観てトップチームもセカンドチームも面白いと感じました。昨季はセカンドチームも2部に所属しており、最終的に降格はしてしまいましたがトップチームと同様にしっかりとフットボールをしていました。「そこに何があるのだろうか?」と感じていて、それからずっと現地に行ってみたいと思っていました。そして、今年(2022年)の5月に足を運びました。トップチーム1試合とセカンドチーム1試合を観て、現地スタッフやアカデミーダイレクターといった方々ともディスカッションをおこないました。
ギプスコア県という場所にあるのですが、調べてみると人口が約70万人の都市で徳島と似ているなと感じました。アカデミーの育成を大切にしていて、体制がしっかりしているなと思いました。周囲にもいろんなクラブがありますが、ラ・レアルは地元出身選手を中心に自分たちで育成し、現在トップチームの編成において、カンテラ(育成組織)から輩出した選手が半数以上を占めています。そして、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグを戦えるほどの順位に位置していることからも、必ず『HOW TO』があると感じました。
9月には約2週間の視察で大谷 武文アカデミーダイレクターに現地へ行ってもらいました。いろんなことを話してもらい、互いのクラブを理解しながら「何かを一緒にできるのではないか?」という発想へつながっていきました。我々だけではなく、ラ・レアルにはいろんなクラブからコラボレーションをしたいという話が実際にあります。しかし、ラ・レアルは「具体的に、何を、どうやって、一緒にやっていくのか」という所までの道筋が見えてこないと「我々としては提携しない」というスタンスでした。そして、彼らとしては「重要なのは金銭的なことでもない」ということです。我々はコミュニケーションを深めながら「だから一緒にやりたいんです」という所を見つけてもらいラ・レアルと合致しました。そして、ファーストステップに移行しようとしているのが今回のリリース内容です。
左:レアル・ソシエダ イマノル・アルグアシル監督
右:大谷 武文アカデミーダイレクター
――「合致した」という点で、相手からはどのような話がありましたか?
やるのであればしっかりとしたメソトロジーを導入し、徳島の考えているフットボールがさらに高みへ行けるように。そして、ラ・レアルとしては日本のフットボール、日本人選手についての考え方や質を学んでいきたいという狙いがあります。それはピッチ上の話だけではなく、例えばビジネススタッフ(事業、メディア、マーケティングなどに従事する人物など)も来日して交流するという話になっています。
「どれくらいの規模で、アカデミーはどういう練習をしていて、トップチームはどういう構成で」といったようなラ・レアル側からの事前質問事項はすごく多かったのですが、それらの回答もすべて見てもらいました。ディスカッションをして、ラ・レアルとしても「面白いんじゃないか」という判断になっていきました。僕は大枠を伝えただけですが、細部の情報まで必要でした。それらは大谷アカデミーダイレクターが中心となって情報化してくれました。
経緯としては5月に自分が足を運び意思表示をして、入口として9月に大谷アカデミーダイレクターの2週間の視察受け入れを打診し、大谷アカデミーダイレクターが足を運んでコミュニケーションを深めた中でクラブにも好印象を抱いてくれて現状に至ります。
――具体的には何が提供されるのですか?
重複する部分もありますが、まずは育成やスカウティングを含めたアカデミーのメソドロジー全般。その先にあるトップチームとの連携やスカウティング。クラブの事業面。そこに加えて選手やスタッフ陣の交流です。具体的にはアカデミー選手やアカデミーコーチ、トップチームの若手選手です。現地に足を運び、現地を感じてもらいます。
先日までにラ・レアルからマヌさん(マヌエル メリノ アリスメンディ)というインターナショナルフットボールダイレクター、ジョン(ジョン ミケル アリエッタ)さんというメソドロジーダイレクターが来日していて各カテゴリーの視察をしてもらいました。今回は約1週間の滞在でしたが、来年は約1カ月間×2回を見てもらい、具体的にアドバイスを受けていきます。現状では一人ひとりのコーチがそれぞれ頑張って取り組んでくれていますが、さらに体系だった道筋を立てながら育成していく術を学んでいきたいと思っています。U-9~18、そしてトップチームまで。そのために必要なトレーニングで、必要な要素を取り入れていきたいです。そういった体系だった組織作りの考え方は徳島だけではなくて、日本としてもまだまだ不足している部分なのではないかと感じています。さまざまなチャレンジを続けながら、いろんなものを生み出せればいいなと考えています。
左:マヌエル メリノ アリスメンディ インターナショナルフットボールダイレクター
右:ジョン ミケル アリエッタ メソドロジーダイレクター
――主にアカデミーに視点を向けた提携なのですね?
確かにそうです。しかし、間接的にはトップチームも関わる話に発展していくものだと思っています。シーズン終了後には全選手と面談をおこなうわけですが「立ち位置やスペースの考え方は徳島に来てから初めて意識しました」、「これまでの考え方がさらに整理できました。それによって自分の幅が広まりました」と言ってくれる選手もいます。ただ、そういった考え方に対するアプローチはアカデミーにもトップチームにもまだまだ不足しているのではないかという印象を受けています。我々のアカデミーからは、そういった考え方におけるアドバンテージを持っている選手に育てていきたいです。そして、移籍してきた選手が徳島でそういった考え方を身に付けていくというよりも、クラブとして9歳からメソドロジーを提供してきた選手たちがトップ昇格していくことができれば強化にも直結していくという視点ですごく大切だと思います。その上で、もちろん違った特長を持った選手も獲得していきます。
――来日されている関係者の方々は、どんな印象を持たれていますか?
社交辞令かどうかまではわかりませんが、アジアのいろんな国を見られている彼らからも好印象を受けていると聞いています。我々が学ぼうとする姿勢についてもそうだと聞いています。ただ、この先が重要なんです。彼らが来てくれてクラブとつながりを持てたことを喜ぶといった上辺の話ではなくて、この先で「どういう風に改善していくのか」という本質が大切です。
先日は9~10歳の選手たちとも交流をしてもらいました。「レアル・ソシエダってどんなチームか知っている?」と聞くと、子どもたちからは「久保選手がプレーしています!」と返ってきていました。「スペインリーグ見ますか?」と聞くと、子ども達からは「見ます!」と返ってきていました。そういったコミュニケーションもそうですし、若い選手たちが海外の環境とつながる中で見せていた笑顔は本当に素敵でした。何人かは現地に行く環境も与えてあげて、現地を肌で触れる。「徳島から世界へ」という話をよくしてきましたが、そういう意味でも魅力的な提携にしたいです。
――Jリーグ参入が1stステップ、1度目の昇降格が2ndステップ、2度目の昇降格が3rdステップと捉えられるでしょうか?だとすれば、この挑戦は3rdステップの延長という解釈になるでしょうか?
僕の考えているものは少し異なります。2011年に初めて昇格争いをしました。ただ、その時に選手を引き抜かれたり、監督交代というできごともありました。その中でも予算を増やしていただき、2012年も昇格にトライしましたが結果は15位でした。
それを機に、我々はどうやって進んで行くかというコンセプトをより明確に作りました。メインスポンサーの方からいただいた言葉も気付きにもなりました。当時、予算が約10億円でした。ここから先の数字は例え話ですが、仮に1億円増えたとして11億円になったとします。でも、J2リーグを見ても中には30億円のクラブも存在します。もちろん、10億円から11億円へ予算が変化することはものすごく大きなことです。でも、仮に11億円になることだけで「昇格ができますか?」という言葉をいただきました。ものすごく納得感がありました。
徳島独自の筋道、徳島独自の体系についての重要性をあらためて気付かされました。かつ、クラブ規模が大きくなって予算が増えたとしても単にトップチーム人件費へ充てるのではなく、しっかりとしたコンセプトの基で未来へつながるパイプラインを作り上げながら投資をしていくことがクラブとして本当の意味で身になっていくものだと思います。徳島として独自の何かを作り上げる重要性を学ばせていただきました。
徳島だからできること、徳島にしかできないこと。
その考え方が転機になり、海外視察もしながら、徳島としての独自性を模索し、例えば中高生をメキシコやオランダのクラブに留学させたり、その一環としてユースがスペインの大会に参戦したり、ジュニアユースがイタリアの大会に参戦したりしてきました。トップチームとしても、渡井理己選手をはじめ数名の選手たちが海外挑戦や練習参加のプロセスを踏んできました。
ご質問いただいた3ステップというよりも、僕の中では2012年を機に続いてきた現在。そして、この提携もそのひとつ。さらに数年後も見据えながら、独自の育成やスカウティング、トップチームのプレーモデルを確立させていきたいと考えています。
それによって全員が豊かになること。徳島県民の方々が、クラブを応援してくださる方々が、世界とつながっていく。そして、クラブを通して徳島県をあらためて誇りに思えるように。その目的を達成するためにも今回のような提携は必要だと考えました。そして、J1に定着し、ACLも目指す。我々の予算規模で、日本における地方の中規模クラブとして成し遂げる道を作っていきたいです。
未来にどう投資をして、未来をどう作っていくか。もちろん選手に投資することも未来です。ただ、それとは別の道筋としても我々にしかできないことに挑戦していきたいです。
マヌエル メリノ アリスメンディ インターナショナルフットボールダイレクター
ジョン ミケル アリエッタ メソドロジーダイレクター
――ソシエダという街のあるエリア規模感が徳島県と近いという観点をあらためて教えてください。
ギプスコア県というのが約70万人規模のエリアです。その中のサンセバスチャンという州にラ・レアルがあります。その中で育成しながら、現在トップチームはカンテラ出身選手の比率が過半数を占めています。そして、攻撃的スタイルを表現しています。
何よりも共感を持てたことは、人を大切にされていることです。
岸田社長も常々こう話します。「人を大切にする」。人を育成しながら、選手を育成していく。徳島もそのマインドを大切にしています。
そして、ラ・レアルも地域の人たちに対して何を提供できるのかを常々考えていらっしゃいます。それは徳島も同じ考え方です。未来を考えたときに、我々がラ・レアルと一緒にやりたいと思った部分でもあります。
――人口や街の感じは似ているようですが、事業規模はいかがですか?
そこは全然違う所があります。
――人口が少ないことと、育成というのはどう関係すると思いますか?
徳島県の人口について話していると、徳島県よりも人口の少ない県は全国でも数えるほどしかないと言う方もいます。
それでも、できる。それでも、やらなければいけない。世界にも出ていく。そして、世界には同規模の人口でもできているクラブが実際にあるんです。
もちろん足りないこともあり、我々の力が不足していることもあります。でも、トライすることを止めたら絶対に駄目です。その仕組みをどうやって作っていくのか。そして、大前提として周囲の方々にどうやって応援していただけるようになるのか。我が街の誇らしいクラブになるために、どのようにアプローチしていくのかを引き続き考えていきたいです。
――カンテラ出身選手が過半数というのは、外から呼んできた選手ももちろんいるとは思いますが、徳島県の話に置き換えるとトップチームの多くを徳島県人から輩出しているという解釈でしょうか?
そうです。そこがバルサやレアルとは違っています。外から探して来るのではなく、地域から輩出していくことにこだわっています。かつ、同エリアにはビルバオ、エイバル、アラベスといった複数クラブも存在しています。その中で選手を獲得し合いながらも、選手をしっかり育成し、トップチームにそれだけ多くの選手を輩出していっています。そこには、何かの答えがきっとあるはずです。より深くコミュニケーションを取りながら、そういった考え方も学んでいきたいです。
――時間も必要になりそうですし、可視化という点では見え辛さがあるかもしれません。直接的に「トップチームにはどんな恩恵があるか?」と問われたとすれば、どういう回答ができますか?
トップチームに安定して選手を輩出することができるようになり、メソドロジーでアドバンテージのあるアカデミー出身選手が当たり前のように増えていけばチームの成績が上向くことにも直結するのではないかと思います。仮に移籍が発生したとすれば、クラブには金銭的な恩恵も与えてくれると思います。目先のことだけで勝負をしてしまうと、予算の序列でしかない勝負になってしまいます。そうではなくて、未来に目を向けながら時間と忍耐力を持ってどのようにプロジェクトを進めるのか。我々が切り拓き、生き残っていくのはそういう所だと思っています。
本物をしっかりと作っていくことができればブレないし、選手が入れ替わったとしても再びしっかりしたものを生みだせます。もちろん僕らもプロなので目先の勝利も間違いなく求めます。しかし、同時に大切なことは、我々の規模でどのように未来へ向かっていくのか。
繰り返しになりますが「徳島だからできること、徳島にしかできないこと」。
徳島県民の方々やクラブを支えてくださる方々と一緒に夢を持ちたいですし、皆さんにも我々が感じている子どもたちの目の輝きに夢を抱いて欲しいです。例えば少し違うかもしれませんが、渡井理己がポルトガルで初得点を挙げて喜んでいる姿を見て朝起きてテンションが上がった方もいらっしゃるのではないでしょうか。我々の誇りじゃないですけど、そう感じられた方もいらっしゃったのではないでしょうか。そういう機会をもっともっと作っていきたいですし、「徳島で良かった」と誇りに思えるクラブを目指していきたいです。
――この提携に関する話題を初めて出されたとき、岡田さん自身が子どものようにワクワクされていたのが印象深かったです。
そうですね(笑)。僕ら自身がそういうものを探し求めずに、これくらいでいいかという仕事をしてしまうとクラブは止まってしまいます。やっぱり自分自身もワクワクしながら次に向かっていきたい。もしかすると形として見えやすい物ではないかもしれません。その点では皆さんに不安な思いをさせてしまったり、批判につながるようなことにしてしまってもいけないと思います。だからこそ形にもしていかなければいけません。それが我々の仕事だと思っています。
――岡田さんの話が中心になりましたが、岸田一宏社長に打診した時はどのような反応をされていましたか?
岸田社長もすごく面白い試みとして捉えています。この取材直前も岸田社長はラ・レアルの幹部と話をされていました。岸田社長自身が育成の指導者であり、元プレイヤーです。そして、2018年には、その重要性を訴えて徳島ヴォルティスに小学生を対象としたジュニアチームを復活させたのも岸田社長です。10年計画を立て、地域に根差しながらどのようにトップチームに選手を輩出していくかをものすごく意識されている方です。なので今回のことにも興味を持って、理解を示してくれました。我々の掲げる2030年のミッション(編成の1/3以上がアカデミー出身&県内出身&高卒・大卒の生え抜きでACLに挑戦する)に対し、今回の試みも加えながら考えてくれています。
また、冒頭でも申し上げましたが、選手育成だけではなく、ビジネススタッフの方々ともコミュニケーションを取っていきます。その中で生まれるものも必ずあると思います。
選手だけではなく、いろんな刺激を受けながら全員で成長していく。それこそがクラブのあるべき姿なのではないかと考えています。
そして、徳島から世界にも挑戦していきます。
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